パンガタラン島へ向かう途中の移動手段が、ボーイング機から小型飛行機、ピックアップトラック、小型ボートへとどんどん小さくなるにつれて、隔絶された感覚がますます顕著になっていった。この旅はまるで、人の手が加えられていない、より原始的な世界にタイムスリップしたかのようだった。ミネアポリス発の2日間の旅だったが、サンフランシスコでの乗り継ぎの際にロストバゲージにあい、それはもうずっと前のことのように感じた。結局荷物は戻ってこなかったことが判明した。だが実のところそれほど必要ではなかった。むしろこの状況にはふさわしく思えた。スールー海の遠く離れた小さな島で、強制的なミニマリズムは自然となじむものだったのだ。
ダイビング用具も着替えも水中カメラの機材もないまま4日間過ごすとわかったとき、“速くて軽い”という精神を受け入れ、水着だけで生活することにした。熱帯地域の旅では、そもそも服装の選択肢はそれほど必要ない。私はブランパンの招待でパンガタラン島に来ていたが、彼らは着替え用のシャツやダイビング用具を貸してくれただけでなく、新作の時計まで試せるように用意してくれた。結局、それこそがこの旅の目的だったのだ。
なぜブランパンがこの新作、フィフティ ファゾムス テック BOC IV(“ブランパン オーシャン コミットメント IV”)を、これほどアクセスの難しい場所で発表したのか、不思議に思うかもしれない。実はパンガタラン島はこの時計のストーリーにおいて重要な役割を担っており、その売り上げはシャークフィン湾近郊で行われている保護活動の支援に充てられるのだ。
パンガタラン島は小さな島で、熱帯の植物が生い茂り、マングローブに囲まれ、先史時代から生息するオオトカゲ(モニターリザード)が暮らしている。小さなビーチ近くの浅瀬では、ブラックティップシャークの赤ちゃんが悠々と泳いでいる。島はそれほど小さく、私はある朝、泳いで1周することができたほどだ。まるで『スイス ファミリー ロビンソン(原題:Swiss Family Robinson)』のような理想郷であり、実際、フレデリック・タルデュー(Frédéric Tardieu)氏とその妻クリスティーナ(Christina)氏によって、そのようなユートピアへと生まれ変わった。
タルデュー氏は世界を飛び回るフランス人で、2011年にこの島を購入した。それ以前の島は、真珠採取者や漁師たちによって荒らされていた。彼らはマングローブを切り倒し、浜辺には懐中電灯の使用済み電池を散乱させ、ダイナマイトやシアン化物を使った短絡的な漁法で周囲のサンゴ礁を壊滅状態に追い込んでいた。タルデュー氏は当初、島に家を建てるというささやかな目標しか持っていなかったが、すぐに島の自然の豊かさと健全さを取り戻すことに情熱を注ぐようになった。彼は地元の住民や漁師、さらには客員の海洋科学者たちと協力し、サンゴの再生、Sulubaaï環境財団やSea Academyを通じた教育、そして海洋保護区の設立に取り組んだ。こうした取り組みは、自然が適切な環境を与えられたときに見せる回復力を最大限に引き出し、湾の水域を蘇らせることにつながった。
パンガタラン島は自給自足の環境を備えた島で、雨水を水源とし、太陽光発電で電力をまかない、時折訪れる裕福な旅行者による島全体の貸し切り収益によって運営されている。彼らは完全なプライバシーを確保しつつ、マッサージサービス、フランス人シェフが手がける料理、小さなダイビング小屋を含む豪華な熱帯の宿泊施設を満喫できる。しかしこの島は一般的な高級リゾートとは異なり、湾の魚の個体数を増やすための小規模な水産養殖ラボも備えている。ダイバーたちは海中で魚の稚魚を採取し、ラボ内の複数の水槽で育てたのち、より生存率を高めた状態で再び湾へ放流している。
ブランパンは2020年以来、自然保護に特化した“オーシャン コミットメント”プログラムを通じてタルデュー氏の活動を支援してきたが、今回、彼がパラワン島の対岸に新設した意欲的な海洋研究センターの活動資金を補助するために限定版の時計を製作した。フィフティ ファゾムス テック BOC IVは、単に既存のフィフティ ファゾムスに文字盤や裏蓋のロゴを追加したり、新しいカラーオプションを加えたりしただけのものではない。これはブランパンの強力なダイバーズウォッチラインナップに加わる完全な新作だ。これは2023年に発表されたフィフティ ファゾムス テック ゴンベッサをベースにしており、直径45mmのグレード23チタン製ケース、一体型ラバーストラップ、“アブソリュートブラック”の文字盤(ブランパンによると入射光の97%を吸収する)、ヘリウムエスケープバルブ、傾斜したドーム型のセラミックベゼル、約120時間のパワーリザーブを誇るマニュファクチュールCal.1315A、そして耐磁性のシリコン脱進機を備えている。スイープセコンド針や文字盤のテキストに施されたエレクトリックブルーのアクセント、さらに巻き上げローターに刻まれたオーシャン コミットメントのロゴが、このモデルを特別なものにしている。個人的には、いずれ量産モデルとして登場することを期待しているが、それとは異なる独自の魅力がある。何の確証もなくこう言うのは、特に水中で着用したあとにこの時計をすっかり気に入ったからであり、いつかもっと広く手に入るバージョンが登場して欲しいと願っているからだ。BOC IVの生産本数は100本のみとなる。
シャークフィン湾は、フィリピンのパラワン島の東端、スールー海に面した海岸に位置している。パラワン島を訪れるほとんどの人は、島の西側にあるエルニドに滞在する。この町は美しいビーチと沖合のセルリアンブルーの深い海で知られるリゾート地だ。シャークフィン湾は観光客にはあまり知られていないが、マングローブが生い茂る海岸沿いには漁村が点在している。大規模な観光開発の影響を受けてはいないものの、人為的な影響を免れてきたわけではなく、前述したダイナマイト漁やシアン化物を用いた漁法がサンゴ礁を破壊し、魚の個体数を激減させてきた。ただ過去10年にわたり、タルデューはSulubaaï財団とフィリピン政府と協力して魚の個体数を回復させ、サンゴ礁が再生する海洋保護区の設立を実現してきた。驚くべきことにパンガタラン島の桟橋のすぐそばは、ブランパンのアンバサダーであり素晴らしい水中探検家であるローラン・バレスタ(Laurent Ballesta)氏が、2023年に権威あるワイルドライフ フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー賞を受賞したカブトガニの写真を撮影した場所でもある。
ある晴れた日、我々はパンガタラン島からボートを出し、前週に指定されたばかりの海洋保護区(MPA)でダイビングをした。このMPAは、ブランパン オーシャン コミットメント プログラムの活動によって直接保護対象となった20番目のエリアである。実際我々はほかのジャーナリスト1名とブランパンの担当者1名とともに、科学者以外でこのMPAに潜る初めてのダイバーとなった。観光地化されておらず、辺境の地にあることを考えると、このエリアではこれまでほとんどダイビングが行われたことがなかったはずだ。それだけにここで潜ることができたのは本当に貴重な経験だった。
水は驚くほど澄み渡り、サンゴや海洋生物は豊かで健全だった。まさに、タルデュー氏と彼の財団の活動の成果がはっきりと感じられる光景だった。ロブスター、ミノカサゴ、カメ、フグ、イソギンチャクのあいだからひょっこり顔をのぞかせるクマノミ、そしてどこか異世界的なバットフィッシュ(ツバメウオの仲間)が姿を見せていた。
ダイビングは比較的浅いエリアだったため、リーフの周りを丸1時間フィンを使って泳ぎ回ったあとでも、浮上したときにはエアタンクにまだ3分の1の空気が残っていた。我々が潜っているあいだ、タルデュー氏はエアタンクなしでひと息のまま軽やかに沈み、リーフで我々に合流した。ほとんど手つかずのまま保護されている貴重な海でのダイビングは、何物にも代えがたい特別な体験だった。そして、それを新しいブランパンとともに楽しめたことがこの経験をさらに印象深いものにしてくれた。
2023年、私はフランス領ポリネシアでフィフティ ファゾムス テック ゴンベッサをつけてダイビングする機会に恵まれた。この時計の革新的な3時間クローズドサーキット計時機構は、ローラン・バレスタ氏が地中海で長時間の飽和潜水を行っていた際に着想を得たものだ。私はこの時計の、シンプルでありながら巧妙なムーブメントのギア機構とベゼルマーキングの使い方こそ、レトロ風ダイバーズウォッチが主流となる現代において不足しがちな本来のダイバーズウォッチとしての革新性の一例だと考えている。
この新しいフィフティ ファゾムス テックは、リブリーザー(リブリーザーはボンベタンクから供給される空気を吸い、吐いた息をそのまま水中に排出する)ダイバー向けの複雑機構を省き、1時間の経過時間ベゼルを備えた、テック ゴンベッサのシンプルな派生モデルといえる。テック ゴンベッサほど“ハイテク”でも特化しているわけでもないが、それでも目的に応じた設計がなされており、非常に実用的な仕上がりだ。テック ゴンベッサのケース径は47mmだったのに対し、BOC IV は45mmとわずかにコンパクトになった。これでもまだ大きめに感じるかもしれないが、ストラップラグがないためケースは実質的に円形のシルエットとなり、腕に乗せたときの45mmは多くの人にとって十分に扱いやすいサイズ感となる。